国税庁の「居住用の区分所有財産の評価について」の通達(案)について

 国税庁がマンションの財産評価方法について通達改正を行うためにパブリックコメントの手続きを行っています。改正通達は令和6年1月1日以後の相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価について適用される予定になっています。
 
1.評価通達の改正の契機となった最高裁判決 2022.04.19(令和4.4.19)
 最高裁は、マンションに係る相続税財産評価と市場価格(時価)との間の乖離を利用した相続税の行き過ぎた節税策を「著しく不相当」と認められる財産の価額であると認定しました。
 判決は、相続税法第22条の適用において、合理的理由がある場合には一律的な通達評価によらず、財産評価基本通達6項を根拠として鑑定評価額により課税処分することも「平等原則に違反」せずと、許容する旨を判示しました。

2.予見可能性の問題
 この最高裁判決によると、行き過ぎた節税で課税上の不平等が生じた時には例外的に鑑定額評価による時価課税処分が容認されたのですが、現実にどの程度の評価乖離があったときに節税が問題となり、どのような鑑定額評価(基準)による課税処分が発動されるのか、判決が客観的基準を明らかにしていないため、納税者の立場からは予見可能性が不明なままで問題を残していました。

 この判決に係る新聞報道は下記5参照

3.最高裁判決後の評価通達改正に至る動き
(1)与党税調における検討 
 2022.11.30 国税庁が自民党税制調査会に論点提示
  行き過ぎた節税を防ぐため高層マンションの相続税評価額の見直し方針が明らかにされました。

 2022.12.16 令和5年度与党税制改正大綱(21頁)で決定された検討事項
  「マンションについては、市場での売買価格と通達に基づく相続税評価額とが大きく乖離しているケースが見られる。現状を放置すれば、マンションの相続税評価額が個別に判断されることもあり、納税者の予見可能性を確保する必要もある。このため、相続税におけるマンションの評価方法については、相続税法の時価主義の下、市場価格との乖離の実態を踏まえ、適正化を検討する。」
  
  今回の検討は、国税庁が公表した報道資料(令和5年6月30日)によると、令和5年度与党税制改正大綱(令和4年12月16日)を受けて行われていると記載されています。
 通常の税制改正は、政府税調の答申を受けて政府税制改正大綱(閣議決定)に基づくものですが、本件見直しは令和5年度政府税制改正大綱の決定事項ではありません。

(2)国税庁のマンション評価の有識者会議の開催
 2023.01.30 第1回会合 検討事項の提示
 2023.06.01 第2回会合 評価乖離率に対する価格補正の方法の検討
 2023.06.22 第3回会合 評価乖離率に対する価格補正の見直し案決定

(3)国税庁の見直し案の公表
 2023.06.30 見直し案を公表し、理論上の時価評価に係る計算式を公表 
 2023.07.21 評価通達の改正案についてパブリックコメント募集
  上記1の最高裁判決を受けての財評価通達の見直し改正であることから、根拠法令は相続税法22条となっています。
 意見公募手続実施要領   PDF
 別紙1法令解釈通達(案)の概要   PDF
 別紙2法令解釈通達(案)  PDF
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=410050055&Mode=0

4.改正通達の時価評価計算式
 通達案の評価補正計算式は2023年6月30日付けで公表された見直し案の資料5頁~6頁に考え方が記載されています。
(1)評価乖離率の計算
 国税庁のデータから重回帰分析の結果を用いて重回帰式(最適化の式)を提示
 ①築年数、②総階数、③所在階、④敷地持ち分狭小度の4つの説明変数で評価乖離率(目的変数)を説明する重回帰式となっています。

(2)評価乖離率が約1.67(1/0.6)を超える場合は、評価乖離率×0.6=評価補正倍率とします。

(3)申告上の時価
 通達(案)では、評価補正倍率を敷地評価及び建物評価にそれぞれ掛けたものを理論上の時価評価とし、その補正した時価を申告で使うことになります。

マンションの相続税評価の方法と乖離の要因分析

評価方法の見直しイメージ図

相続税評価の見直し案、説明変数、重回帰式

5.重回帰式の説明変数に係る疑問点
 重回帰式の説明変数は①築年数、②総階数、③所在階、④敷地持ち分狭小度の4つ
で説明変数の単純足し算ではなく回帰係数がマイナスで調整されてはいるものの、②、③、④の主成分は高層階で共通しているため重回帰式には次のような疑問があります。

 ①建物の築年数×△0.033
 築年数の浅いマンションは取引価格(時価)が下がらず相続税評価額が低いと「乖離率」が高くなる因果関係にあるので、この説明変数はそのことを表現しています。
 築年数①の説明変数の回帰係数がマイナスであることから、目的変数に及ぼす影響は築年数が浅いマンションほどマイナスが小さく、古いマンションで築年数が長いマンションほどマイナスが大きく作用します。
 相続税評価額は評価替えが数年後に影響がでるので、土地が右肩上がりの時代は常に「乖離率」が高くなる傾向にあります。平成の初期の頃のバブル崩壊のような事態が発生すれば、数年遅れで評価乖離率が逆に作用することになります。

 ②総階数指数×0.239
 総階数とはマンションの構造であり、高層になればなる程取引価格が高くなり相続税評価額との乖離率が高くなる因果関係を前提にしています。
 高層マンションも33階を超えると説明変数が1になるとは33階を超える階数の取引価格はそれ以上高額にならず一定になるということだろうか。
 
 ③所在階×0.018
 本人の所有する階③が高層であればある程、取引価格が高くなる因果関係が前提です。
 建物構造の総階数指数②の説明変数と、本人の購入選択による所有階数③の説明変数は元々はそれぞれ独立した変数ですが、購入時に高層マンションの高層階を購入選択したということは②と③は共に高層階という同一方向の説明変数です。
 
 ④敷地持分狭小度×△1.195
 値段が高い一等地で最大限の土地の有効活用(建ペイ率・容積率・高度地区)を図るとマンションは高層化されるので、分子の敷地利用権面積が相対的に小さくなり敷地持分狭小度④変数が下落します。
 都心の高度地区のマンションは居住戸ごとの敷地利用権面積が小さいので敷地持分狭小度④が小数点以下になる傾向にありますが、④の回帰係数が小数点以下のマイナスであるため取引価格の引き下げには作用せず評価乖離率(目的変数)は高止まりするでしょう。
 郊外の低層・広大敷地のマンションは、④の計算式の分子の持分利用権面積が大きい傾向にあるで敷地持分狭小度④が1以上になる傾向にあるから回帰係数のマイナスが大きく作用し評価乖離率(目的変数)は下がるのでしょう。

 高層化という同一方向の説明変数により、②変数が高ければ高いほど④変数が低くなるので説明変数間には内部相関があるから多重共線性の疑いがあります。
 ②変数の高層化のバイアスを通じて、②変数と④変数の間には交互作用があるとも思われる。交互作用のあるモデルにより目的変数(乖離率)の説明にどの程度の調整がなされたのか。交互作用のあるモデルは独立変数間の影響を取り除いたモデルと比較して信頼性が確保されたと言えるのでしょうか。 
 
5.その他
 本件通達改正は与える影響が大きいせいか、新聞雑誌で取り上げられています。
 
2022.04.19 日経 「国税の「宝刀」追認、最高裁判決 不動産節税に影響も」
2022.04.20 読売 「節税目的で14億円近くで購入マンション、路線価で評価し相続税ゼロ…最高裁でも相続人敗訴」
2022.11.30 読売 「タワマンの相続税評価額を引き上げへ…実勢価格より「低すぎ」・節税に歯止め」
2022.12.09 朝日 タワマン節税、国税庁が「待った」 評価額の算出ルールを見直しへ
2023.06.27 日経 「マンション節税防止へ 相続税、高層階の負担増 国税庁、算定に実勢価格を反映」
2023.06.30 日経 「マンション相続、新ルール 「実勢価格」6割に課税 国税庁発表、節税抑止へ来年から」
2023年7月15.22合併号 週間ダイヤモンド  「マンション節税包囲網」

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