免税事業者のインボイス発行事業者登録の経過措置

1.免税事業者の登録に係る経過措置の改正経緯
原則的処理
 適格請求書発行事業者の登録は課税事業者であることを前提としているため、免税事業者が適格請求書発行事業者登録をするためには、原則では次の2つの手続きが必要です。
(免税事業者の課税事業者選択届:課税期間開始の前日までの届け出)
(適格請求書発行事業者登録申請:課税期間開始の1カ月前の申請)
 課税事業者の選択届は課税期間(12カ月)単位で適用されるため、原則に従い個人事業者の場合は令和5年の初日から課税事業者になっておく必要があります。その選択届けは令和5年の課税期間開始前の令和4年12月31日までの提出が必要です。
 この届け出の効力により令和5年1月1日からは事業者免税点制度が不適用となると改正消費税法施行の6カ月前から納税義務が発生するため、平成28年改正で次のような経過措置が設けられました。

平成28年度改正の経過措置
 令和5年10月1日の属する課税期間については、課税期間の途中からの適格請求書発行事業者登録ができるような特例措置が設けられました。
 注:経過措置は令和5年10月1日が属する課税期間の登録申請に限定されたものでした。
 
 免税事業者が、改正消費税法施行日である令和5年10月1日からの適格請求書発行事業者を希望する場合は、経過措置を利用して、令和5年3月31日までに適格請求書発行事業者登録申請を行うと、期の途中から次のような適用関係になります。(この場合は課税事業者選択届なしで登録申請ができる。)
課税期間の開始日~令和5年9月30日:事業者免税点制度の適用
令和5年10月1日~課税期間末日:課税事業者・適格請求書発行事業者
 

令和4年度改正(経過措置の柔軟化)
① 平成28年度改正の経過措置の特例は、令和5年10月1日の属する課税期聞に限定されていました。
 平成4年度改正において、この経過措置(課税事業者選択届が不要で期の途中から登録申請できる措置)を令和5年10月1日から令和11年9月30日までの課税期間に延長される改正が行われました。 (令和4年度改正後の平成28年改正法・附則44条④項)

② 上記①の経過措置の適用を受ける場合の登録申請書の記載事項に【登録を希望する年月日】が新たに追加されました。(令和4年度改正後の平成30年改正消費税法施行規則・附則4条④項)
 平成4年度の改正規定の適用は令和4年4月1日から施行されています。

2.経過措置の延長(柔軟化)の背景
 公表された財務省の令和4年度税制改正の概要では経過措置の延長理由を次のように説明されています。
 「免税事業者が適格請求書発行事業者の登録の必要性を見極めながら柔軟なタイミングで登録を受けられようにする」
 また、登録希望日を設けた理由については「事業者が予見可能性をもってその登録を受けることができるようにするため」
 一方、週間税務通信の情報では免税事業者が課税事業者となった場合の棚卸資産の調整との関係で導入されたとの説明があります。

(1)令和4年度 与党税制改正大綱の参考資料(202.12.10)
  (1)適格請求書発行事業者の登録について、次の見直しを行う。
    ① 免税事業者が令和5年10 月1日から令和11 年9月30 日までの日の属する課税期間中に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合には、その登録日から適格請求書発行事業者となることができることとする。

    ② 上記①の適用を受けて登録日から課税事業者となる適格請求書発行事業者(その登録日が令和5年10 月1日の属する課税期間中である者を除く。)の
その登録日の属する課税期間の翌課税期間からその登録日以後2年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、事業者免税点制度を適用しない。

  (4)適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れに係る税額控除に関する経過措置の適用対象となる棚卸資産については、その棚卸資産に係る消費税額の全部を納税義務の免除を受けないこととなった場合の棚卸資産に係る消費税額の調整措置の対象とする。

(2)財務省「令和4年度税制改正の概要」
  消費税法等の改正 (691頁)
  ⑵ 改正の内容
   ① 適格請求書発行事業者の登録に関する経過措置の見直し
 免税事業者が適格請求書発行事業者の登録の必要性を見極めながら柔軟なタイミングで登録を受けられるようにするため、令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間(改正前:令和5年10月1日の属する課税期間)に適格請求書発行事業者の登録を受けた場合には、登録日から登録日の属する課税期間の末日までの間について事業者免税点制度を適用しないこととし、課税期間の途中であっても登録日から適格請求書発行事業者(課税事業者)になることができることとされました(平成28年改正法附則44④)。
 なお、事業者が予見可能性をもってその登録を受けることができるようにするため、適格請求書発行事業者の登録に関する経過措置の適用を受ける際の登録申請書には、登録を希望する年月日を記載することができることとされました(消費税法施行規則等の一部を改正する省令(平成30年財務省令第18号)附則4四)。

(3)週間税務通信の解説記事
  2022年2月21日号 No.3692 2頁~ 抜粋
 「ところで、免税事業者が新たに課税事業者となる際には、棚卸資産に係る消費税額の調整を行うことが可能だ。課税事業者となる日の前日において所有する棚卸資産のうちに、納税義務が免除されていた期間に仕入れた棚卸資産がある場合は、その棚卸資産に係る消費税額を、課税事業者になった課税期間の仕入れに係る消費税額の計算の基礎となる課税仕入れとみなして仕入税額控除の対象とすることができる。(消法36①)」

  2022年4月11日号 No.3699 2頁~ 抜粋
 「今回公表された適格請求書発行事業者の登録申請書(次葉)の新様式は、改正内容を踏まえたものとなっており、例えば、新様式の「免税事業者の確認の欄」に、「登録希望日」の記入欄が新たに設けられている。免税事業者から課税事業者になった課税期間の「棚卸資産の調整措置」の適用等に配慮して改正されたものであり、新様式の「登録希望日」を記載して申請することで、事業者の希望日から適格請求書発行事業者(課税事業者)になることができる。」

3.登録申請書に【登録を希望する年月日】を設けたことで起きる期間問題
(1)原則どおりの課税事業者になる場合の申請書の提出期限
 免税事業者が経過措置を利用せずに、原則どおりの課税事業者選択届を提出する場合は、その課税期間の初日の前日から起算して1カ月前の日までに登録申請をしなければなりません。(改正消費税法57条ノ2第②項、施行令70条ノ2)
 この1カ月で登録簿搭載処分が行われるので、この期間が行政手続法6条でいうところの実質的な標準的処理期間に該当するのでしょう。

(2)経過措置を利用して課税事業者になる場合の申請書の提出期限
 経過措置を利用して登録申請書を提出する場合は、課税期間の途中の日からの適用であるため、本則が規定する課税期間の初日から逆算する1カ月の登録申請期間が設けられていません。実質的な処理期間は不明です。
 平成28年度改正の経過措置は、令和5年の1年間限りの適用だったから提出期限はさほど問題にならなかった筈ですし、立法技術的にも任意の提出日から1カ月遡及することの方が煩わしかったのだろうと思います。
 
(3)登録簿搭載の行政処分を行う処理期間の問題
 令和4年度改正では経過措置が向こう6年間延長された上に、新たに【登録を希望する年月日】を設けたことで、提出期間との関係で問題が予想されます。
 
 登録申請(改正消費税法57条ノ2第②項)があれば税務署長は登録簿搭載(同④項)の行政処分を行います。
 登録簿搭載処分の効力は、登録簿に搭載された日(登録日)から生ずるので、この登録日に搭載された日に課税事業者になり、登録日からの課税資産の譲渡から適格請求書の交付ができます。(インボイス通達2-4(適格請求書発行事業者の登録の効力))
 令和4年度改正で設けられた【登録を希望する年月日】に登録簿搭載の処分が行われたらその日から課税事業者になります。希望日とは法的には税務署長が登録簿に搭載処分することを希望する日に過ぎず、税務署長には「登録希望日」に応答する法的義務はありません。
 
(4)事例比較 
 経過措置の適用がない本則どおりの登録申請の場合は、税務署長は課税期間の開始日の登録簿搭載処分を行います。
 (課税期間開始日=課税事業者=登録日)

 平成28年度改正の経過措置の場合は、登録申請を受け付けて一定の期間内に登録簿搭載処分を行います。
 (課税期間の途中の日=課税事業者=登録日)

 令和4年度改正の経過措置の場合に登録申請に【登録を希望する年月日】の記載があった場合に、登録申請日と登録希望日(処分予定日)の間が超短期で標準的処理期間を割り込んでいるような場合には申請者の希望に沿えないでしょう。
 国税通則法74条ノ14(行政手続法の適用除外)により国税に関する処分は行政手続法から除外されていますが、行政手続法第6条が規定する標準処理期間との関係でどのようの解釈すれば良いのか不明です。
 (課税期間の途中の日=課税事業者=登録日→?←希望日)
 
 
4.参考
(1)棚卸資産の調整規定
 消費税法第36条 (納税義務の免除を受けないこととなつた場合等の棚卸資産に係る消費税額の調整)
 第9条第1項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者が、同項の規定の適用を受けないこととなつた場合において、その受けないこととなつた課税期間の初日(第10条第1項、第11条第1項又は第12条第5項の規定により第9条第1項本文の規定の適用を受けないこととなつた場合には、その受けないこととなつた日) の前日において消費税を納める義務が免除されていた期間中に国内において譲り受けた課税仕入れに係る棚卸資産又は当該期間における保税地域からの引取りに係る課税貨物で棚卸資産に該当するもの(これらの棚卸資産を原材料として製作され、又は建設された棚卸資産を含む。以下この条において同じ。) を有しているときは、当該課税仕入れに係る棚卸資産又は当該課税貨物に係る消費税額(当該棚卸資産又は当該課税貨物の取得に要した費用の額として政令で定める金額に110分の7・8を乗じて算出した金額をいう。第3項及び第5項において同じ。) をその受けないこととなつた課税期間の仕入れに係る消費税額の計算の基礎となる課税仕入れ等の税額とみなす。

(2)適格請求書発行事業者の登録に係る規定
改正消費税法第57条の2(適格請求書発行事業者の登録等)
 ①項 国内において課税資産の譲渡等を行い、又は行おうとする事業者であつて、第57条の4第①項に規定する適格請求書の交付をしようとする事業者(第9条第①項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)は、税務署長の登録を受けることができる。
 
 ②項 前項の登録を受けようとする事業者は、財務省令で定める事項を記載した申請書をその納税地を所轄する税務署長に提出しなければならない。この場合において、第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者が、同項本文の規定の適用を受けないこととなる課税期間の初日から前項の登録を受けようとするときは、政令で定める日までに、当該申請書を当該税務署長に提出しなければならない。

改正施行令第70条の2(適格請求書発行事業者の登録申請書の提出期限)
 法第57条の2第②項に規定する政令で定める日は、同項に規定する課税期間の初日の前日から起算して1月前の日とする。

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